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福岡市平和台競技場〜福岡市西南部周回〜香椎折り返し
午後0時10分スタート
(出場選手487人、完走者312人、天候晴れ、気温13.6度、湿度47%)
| 名前 |
所属 |
時間 |
| 1.サムエル・ワンジル |
(トヨタ自動車九州) |
2:06:39 |
| 2.デリバ・メルガ |
(エチオピア) |
2:06:50 |
| 3.佐藤 敦之 |
(中国電力) |
2:07:13 |


この年の8月、灼熱の大阪であった世界選手権で日本は尾方剛(中国電力)が5位と健闘。大崎悟史(NTT西日本)が6位、諏訪利成(日清食品)が7位に続いた。尾方と諏訪は前年の福岡から代表入り。01年エドモントン大会以来となる3人の入賞者を出したが、日本勢トップの尾方のメダル獲得はかなわず。この時点での北京五輪代表内定は見送られた。
3枠が空席のままで迎えた北京五輪国内選考レース初戦。代表切符に誰が手をかけるのかが最大の焦点となり、ハーフマラソンで58分33秒の世界記録を持つサムエル・ワンジルのフル・デビューにも世界の注目が集まった。
初の日本人ペースメーカーとして採用された立石慎士(安川電機)が1キロ3分の正確なスプリットを刻み、レースは流れた。10キロは30分3秒。中間点も63分31秒と設定通り。ところが、誰も仕掛けたわけでもないのに、有力選手が次々とちぎれていった。
日本記録保持者の高岡寿成(カネボウ)は22キロ手前。27キロ過ぎには松宮祐行(コニカミノルタ)が遅れ、コースレコードホルダーの藤田敦史(富士通)、アテネ五輪5位の油谷繁(中国電力)もつけなくなった。
30キロで最後のペースメーカーが消えると、残ったのはワンジル、デリバ・メルガのアフリカ勢と佐藤敦之(中国電力)だけ。メルガは10月の世界ロード4位の実力者。佐藤も同大会9位で日本記録の1時間0分25秒をたたき出したばかり。ハーフで実績を残した「スピードスター」の三つどもえとなった。
33キロ過ぎ。佐藤が一時、トップに立つ。果敢な仕掛けは1キロほどしか持たなかったが、そこから佐藤はまた粘る。ワンジル、メルガに抜かれ、引き離されても、肩の力がぬけたゆとりあるフォームをキープ。過去8回のマラソンで課題だった終盤で力んでしまうクセを克服した。
佐藤はそのまま日本勢トップを守り、日本歴代4位の好タイムで3位。この結果で北京切符を手中にした佐藤に対する陸連の評価は、最終的に代表を勝ち取った08年3月のびわ湖3位の大崎、07年世界選手権5位の尾方よりも上回るものだった。
「陸上でがんじがらめ」の頭がほぐれ「リラックスできていた」と振り返った佐藤。新婚の女子800メートル日本記録保持者、美保夫人の存在を力にした。フィニッシュ前には結婚指輪にキスをして感謝を表した。
そして、栄冠は残り1・5キロからのスパートを決めたワンジルのもとへ。本格的なマラソンの準備期間は1カ月半しかなかったが、大会新記録を打ち立てる快走。マラソンへの適応能力を証明した。
「2時間6分台は満足。自信がついた」。この初マラソン初優勝はワンジルにとっての五輪ロードへの序章となった。4カ月後の08年4月、ロンドン・マラソンで世界歴代5位の2時間5分24秒で2位となり、北京五輪のケニア代表入りを決めた。

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